学研教室の卒業生 中川さん
株式会社椿本チエイン
中川光太
自分で調べることと、継続して取り組むことの大切さを学べた
大学で学んだことが活かせる職場に
現在は椿本チエインという会社で、工場のチェーンコンベアや、ジェットコースターのチェーンなどの設計をしています。もともと、子どもの頃から物理や化学など、理科的な部分に興味があり、高校からは力学に引かれるようになったんです。勉強を進めるごとに、日常生活の中で起こる出来事を論理立てて説明する面白さに気づき、大学に進んでからは学んだことを活かせる職業に就きたいと考えるようになりました。
実際に就職してからも、日常的に大学で学んだことがシステムに使えることに面白さを感じています。計算だけでなく、社会のこの部分に使われているのだと理解できることが楽しいです。
遊ぶことをモチベーションに頑張った勉強
学研仰木教室には、4、5歳くらいから中学3年生まで通っていました。実は、私が通っていた教室は、母が先生をやっているんです。それもあって、私が通う前には兄が通っていましたし、私も入れる年齢になったら学研教室へ通うのが当たり前のように感じていました。
自宅が学研教室ということもあって、行きたくないと思うことはありませんでしたが、勉強が面倒だなと思うことは実はありました。ですが、学研教室の勉強を終わらせないと大好きだったゲームで遊べないということもあり、通い始めた頃はゲームで早く遊ぶために課題を終わらせているような感覚でした。学研教室は集団塾とは違い、自分に与えられた課題をきちんと終えることができれば、遊びに行ってもよかったので、そこはありがたかったです。
私は算数が苦手で、九九を覚えるのは教室の中でもかなり遅く、心が折れそうになることもありました。でも、勉強をしていくうちに楽しくなったからこそ、理系の道にも進んだのだと思います。
▲学研教室へ通っていた当時の中川さん(画面中央)
自分で調べることの大切さも教えてもらった
母のことは教室では「先生」と呼んでいましたし、教室内では母という認識はあまりしていなかったです。通い始めた頃こそ、ぎこちなさもあったかもしれませんが、私はわからないと思ったらすぐ質問するタイプだったので、親だからこそ遠慮せずに聞くことができていたように思います。
質問をした際に母はすぐに答えを教えてくれるのではなく、考え方を指導してくれました。わからない漢字があれば辞書を引くようにと言われ、漢字辞典をたくさん使ったことを覚えています。そのこともあって、わからないことがあれば調べるという習慣ができたようにも思います。
教室で月に1回ほど、科学実験教室が開かれていて、そこから理科系に興味を持つようになったのですが、そこでも結果がなぜそうなるのかを自分で調べていました。どうしてもわからなかったときだけ質問をしたのですが、自分が納得するまで教えてもらっていたことを覚えています。
毎日取り組むことの大切さが身についた
学研仰木教室では、1日分の宿題が決まっていて、例えば3日間休みになるときは3日間分の宿題が出されました。そのとき、母からは「一気に取り組もうとしないように」とアドバイスがありました。1日目や最終日に全部やるのではなく、1日に1日分だけ取り組む。毎日少しずつ取り組むことが習慣づけられたのは、そのおかげかもしれないと感じています。
私は勉強というものは、始めるまでが一番ハードルが高いと感じています。ですが、学研教室で毎日少しずつ取り組むことを学んでいたおかげで、メリハリのある勉強ができていたように思います。
現在の仕事では、お客さんからの注文に対し、設計書を見ながら構造に問題がないかなどを確認しています。基本となる設計の枠組みやテンプレートがあるため、それをもとに一つ一つの案件を丁寧に確認することが求められます。こうした業務を通じて、製品の構造や設計の考え方を日々学んでいるところです。
技術者として働く中で、将来的には自分で新しい商品を生み出せるような仕事にも挑戦してみたいと考えています。そうした形で、これまでの勉強や経験が実になったと実感できる仕事ができれば嬉しいですし、会社の中でも自分の存在価値を高めていきたいと思っています。