学研教室の卒業生 吉岡さん

学研教室の卒業生 吉岡京介さんです

パーソナルトレーナー、パワーリフティング選手
吉岡京介

パワーリフティングの大会で優勝し、パーソナルトレーナーとしてさらにステップアップしたい

ボートレーサー志望からパワーリフティング選手へ

私はいま、パーソナルトレーナーをしつつ、パワーリフティングの大会にも選手として出場しています。第78回SAGA2024国民スポーツ大会のパワーリフティング公開競技では、優勝することができました。

高校3年生の夏ぐらいまでは、大学に進学するか、ボートレースの選手になるかを考えていました。その年の冬にボートレース選手の試験を受け、最終選考まで進むことはできたのですが、合格ができませんでした。その後、改めて進路を考え直しても、やはりボートレーサーになりたい気持ちが強く、年に2回ほど行われる試験を受け続けていました。ただ、2年、3年と重ねても合格にいたらず、自分の中で手に職を付けたいという気持ちが生まれて、パーソナルトレーナーを目指しました。

当時ボートレース選手に必要な体力作りをするために通っていたジムで、周囲の人から「パワーリフティングの大会に出てみてはどうか」と声をかけていただいたんです。そのときはあくまでもチャレンジしてみるぐらいの感覚でしたが、最初からいい成績が残せました。その後は全国大会でも優勝ができて、パワーリフティングの素質があるのではないかと考えるようになり、今はパワーリフティング選手とパーソナルトレーナーを続けています。

大会で表彰される吉岡さんです

▲大会で優勝した吉岡さん

小学生の頃は苦手だった勉強

徳島の学研一条教室には、小学4年生から中学3年生まで通っていました。小学校のテストの成績があまりよくなかったこともあり、親に連れて行かれたんです。学研教室は、私が通っていた小学校から一番近かったので、親が通いやすいだろうからと選んだのだと思います。正直なところ、学研教室に通い始めた頃は、どうして行かなければならないのかと思っていました。友達が通っていたこともあり、行くこと自体は苦ではなかったのですが、どうしても勉強が得意にはなれなかったんです。ところが、中学に入学した途端、成績がぐんと伸び、得意な教科であれば学年1位を取れるくらいになりました。目に見えて結果が出たことで、勉強が楽しくなり、その後は、教室に通うことも苦ではなくなっていました。

中学生の頃は部活帰りに学研教室に通っていたのですが、同級生3人と一緒になることが多く、そこで他愛もない話をしていたことを覚えています。学校のことだけでなく、部活のことやプライベートなことなどを先生も交えて話すことができ、勉強以外にも楽しみが生まれたことで、長く通えたのだとも感じています。

忍耐力を得ることができた学研教室

大櫛先生は、わからないことがなくなるまで、しっかりと教えてくれる先生でした。私は、国語の文章を読むことが苦手で時間がかかっていたのですが、先生が寄り添ってくださったことで投げ出さず、最後まであきらめずに取り組むことができたと思っています。
子どもたちの得意不得意を理解してくださり、苦手な教科や単元があればそこにフォーカスをして対策をしてもらえる。それは自分にとっても、ありがたかったです。また、通ってくる子どもたちの年齢層が幅広く、学年を越えてやりとりできていたことも、とてもいい思い出です。

苦手な課題をわかるまで取り組めたこと、そして約6年間通い続けることができたのは、学研教室の教科と先生のお人柄があってのことだと感じています。学研教室に通えたことで、その後の、何かを続けていくことへの忍耐力が得られたとも思っています。

教える側に回って感じた、先生の偉大さ

私自身、現在はパーソナルトレーナーとして人に教えることが増えました。自分が教える側にまわったことで、ひとりひとりの目線に立つことの大切さを実感しています。わかりやすく伝えるには、難しい言葉ではなく簡単な言葉にしたほうがいいですし、相手の目線に立つことも大切です。相手の立場を理解せずに発言すると、それは上の立場から命令しているようにも取られてしまい、萎縮させることにも繋がってしまうためです。それを回避するためには、何気ない会話で心の距離を縮めていく必要がある、そういったことも先生は日々の言葉や教室内での接し方で教えてくれていたのだなと、改めて感じました。

そういった気づきを重ねて、パーソナルトレーナーとして、さらにステップアップして、いずれは個人の店を持ちたいと考えています。そして、パワーリフティング選手としては、国際大会での最高位が現在のところ5位なので、優勝できるようにトレーニングを重ねていきたいです。

パワーリフティングをしている様子